19K11428:人腕の骨格モデルに基づいた多自由度電動義手の開発と臨床応用(2年次報告)

研究実績の概要

本研究では、上肢の一部を失われた身体障がい者が物体とのインタラクションなど日常生活における殆どの作業を行うことができ、外観上にも本物の手と同様な多自由度電動義手の開発を行っている。令和元年度には主に解剖学に基づいて指骨と関節を新しく設計し、3Dプリンターを用いて製作を行った。しかし、腱膜や靭帯などを弾力性や骨の上に糸を通すトンネルなどが不自然であるなどさまざまな問題点があった。令和2年度では光造形式3Dプリンターを購入したので材料をABS材からUVレジン材に変更した。これにより、指骨をより細かい部分までナチュラルかつ機能的な面を考慮して再設計が可能になった。さらに、手首のモデルの設計も行い、球関節を手根骨の内部に埋め込むように設計した。さらに、人間のように粘弾性制御を行うためには各関節に伸筋と屈筋のペアが必要である。複数の伸筋と屈筋を表す各モータを同時に制御するため、20chモータコントローラーの設計・製作を行った。作られた20chモータコントローラーは小型(31cmx16㎝x3㎝)でパソコンとの情報伝達を担当するメインマイコン1個(STM32F103、ARM社)と5個のモータの制御を担当するサブマイコン(STM32F302f、ARM社)4個を用いて制御を行う。また、電源部と制御部は完全に電気的に分離して設計を行った。これまでの研究結果を研究室のホームページ(http://wrlab.t-kougei.ac.jp/)と東京工芸大学公式ブログであるKOGEI PEOPLE(https://blog.t-kougei.ac.jp/mc/)に公開している。さらに、前回、「A Design of Anthropomorphic Hand based on Human Finger Anatomy」タイトルで投稿した国際会議(CcS2020)ではExcellent Paper賞を獲得した。 

現在までの進捗状況

令和元年度には外観の装飾性が良い多自由度を持つ電動義手の製作が目標であった。その結果、母指に4自由度(MCP2、PIP、DIP)、その他の4指に各3自由度(MP、PIP、DIP)、合計16自由度の電動義手が設計・製作を行った。さらに、表面筋電信号を用いて日常生活に重要な4種類の動作(握力把握、精密把持、側面把握、リラックス)に対して平均90.8%の動作識別率を見せた。その結果は国際論文誌に投稿中である。

現在では手首の手根骨や前腕の橈骨や尺骨の設計を行った。特に、手首関節は手根骨と橈骨の間を球関節の設計を行い、橈骨には球のボールを手根骨には受け皿を合併した設計を考案した。さらに、橈骨と尺骨には手首の2次元角度調節の伸筋・屈筋の4つのモータと指関節制御用の10個のモータ、総14個のモータが骨の中に入るような配置を行った。さらに、多チャンネルのモータドライブシステムが市販されなかったため20chのDCモータコントローラー(MyoBoard ver. 01)を設計した。製作されたモータコントローラーはフィードバックなしでは20個のモータを同時に制御可能であり、エンコーダーのフィードバックがあれば12個のモータを同時に制御可能になる。現在はマイコンの制御関数をCプログラミングを行っている。

今後の研究の推進方策

 令和元年度では外観の装飾性が良い多自由度を持つ電動義手の製作し、日常生活に重要な4種類の限られたパターン動作を高い認識率で成功した。令和2年度では骨モデルの改善と共に手首と前腕部まで3D設計を行った。さらに、20chモータコントローラーを設計し、PCBボード製作を行った。

今後では自作したコントローラーのマイコン用の制御関数をプログラミングが主な作業になる。制御関数のライブラリが完成できれば表面筋電信号を入力した粘弾性制御を行う予定である。それと共に設計した通り小型アクチュエータを前腕部の橈骨と尺骨に埋めて人間と同程度のサイズを持つ多自由度義手の製作を目標とする。その結果を国際論文誌に投稿する予定である。

16K01572:脳卒中のリハビリを目指した粘弾性の予測と制御ができるパワーアシストと臨床応用

1.研究開始当初の背景

筋委縮性側索硬化症(ALS)患者や事故などで脊髄の損傷により部分・全身麻痺となった高位脊髄損傷患者は身体の運動が自由にできない.近年, BMI技術を用いれば四肢麻痺患者が念じるだけでコンピュータのカーソルなど外部機器を操作することが可能になった.最近のBMI分野では, 脳に傷をつけてしまう侵襲型BMIではなく, 脳自体を傷つけない低侵襲計測の皮質脳波(EcoG;頭蓋内の脳表面から計測される微弱な電気信号)が注目されている.皮質脳波は頭皮脳波(EEG)よりもノイズが少ないため, より高い識別精度で運動意図の推定が可能であることが示唆されている.しかし, 物体を持つ単純な動作でも, 脳は物体の重さを予測し, 腕の粘弾性特性を連続的に変化させて, 物体を受け取る自然な動作(インタラクション)を行うので, 腕の粘弾性をリアルタイムで予測しない限り自然な動作を再現することはとても難しい.

2.研究の目的

本研究の目的は皮質脳波から念じた運動に関する各関節の運動情報(関節角度, 角速度など)と力学情報(筋電信号, 関節トルク, 関節の粘弾性など)を同時に予測する手法を提案し, それを用いて電動義手やパワーアシストの粘弾性を制御する新たなリハビリテーションの基盤技術の構築を目指す.

3.研究の方法

(1) デコーディング手法の確立

提案したデコーディング手法はz-score法を用いた特徴抽出法と変分ベイズ法を用いた線形回帰手法(sparse linear regression)を用いて筋電信号を予測するものである(Shin et al., PLoS ONE, 2012).本研究では重さが異なる3種類のペットボトルを用いた2点間の到達運動について, 3人の患者の皮質脳波から筋電信号と関節角度を同時に予測した.

図1 物理行動実験の様子(Nakanishi et al.(2017))

(2) ロボットアームの制御

提案した手法の有効性を確認するため3Dプリンターを用いてロボットアームとパワーアシストを製作し, オンラインシミュレーションを行った.しかし, 患者の皮質脳波は治療の目的で電極を1週間しか入れないことと, 一次運動野におけるケースがかなり少ないため, サルの皮質脳波のデータを入手し, 同手法に基づいて関節角度を推定した.推定した関節角度を用いて4DOFのロボットアームの制御を行った.

図2 皮質脳波を用いたデコーディング手法とロボットアームの制御アルゴリズム

4.研究成果

平成28年度では大阪大学病院から患者のデータを入手して解析を行い, 皮質脳波から運動情報と力学情報を同時に予測することに成功した.図1のように3人の被験者は重さが異なる3種類のペットボトル(25g, 250g, 500g)を指定した経由点を通過する2点間の到達運動を行なった.提案手法を用いて皮質脳波から力学情報(筋電信号)と運動情報(軌道)を再現することができた.この結果を学術論文誌(Nakanishi et. al., Scientific Reports, 7:45486)に発表した.

 平成29年度では物体とのインタラクションが可能なパワーアシストの製作を行った.3Dプリンターを導入することでロボットアームの設計とプロトタイプのパワーアシストが製作できた.パワーアシストに人間のような粘弾性の性質を持たせるため, 空気圧の人口筋肉とリニアモータが直列で繋がっているシリアル型ハイブリッド人工筋肉を考案した.この人工筋肉は空気圧によって粘弾性の調節を, リニアモータによって筋肉の長さを制御する.さらに, パワーアシストに筋電信号の電極を埋め込む必要があるため柔らかい電極の開発もパワーアシスト製作と同時に設計を行った.この結果を国内外に発表した.

 平成30年度ではこれまで得られた筋肉骨格系の数式モデルを使ってロボットアームやパワーアシストの制御に関して研究を行った.さらに, サルの皮質脳波のデータを入手し, 同手法に基づいて関節角度を推定した.推定した関節角度を用いて4DOFのロボットアームの制御に成功した.その結果を学術論文誌(Shin et. al., Computational Intelligence and Neuroscience)に発表した.さらに, 定常状態視覚誘発電位から3種類のパターンを認識し, 3Dプリンターで製作した電動義手の制御に成功した.

5.主な発表論文等

〔雑誌論文〕(計 5件)

① Zixun He, Aya Wakabayashi, Rezenko Roman Yurievich, Masayuki Sekiguchi, Yousun Kang, Yuta Ogai, Duk Shin, Development of a Prosthetic Hand Based on Human Anatomy, International Journal of Information and Electronics Engineering, 査読有, 2019, (accepted)

② Zixun He, Yuusuke Watanabe, Rezenko Roman Yurievich, Yousun Kang, Yuta Ogai, Duk Shin, Development of a support robot hand system using SSVEP, IT CoNvergence PRActice (INPRA), 査読有, Vol.6, No.4, 2018, pp.1-11

http://isyou.info/inpra/papers/inpra-v6n4-01.pdf

③ Duk Shin, Hiroyuki Kambara, Natsue Yoshimura, Yasuharu Koike, Control of a Robot Arm using decoded Joint angles from Electrocorticograms in Primate, Computational Intelligence and Neuroscience, 査読有, Vol.2018, e2580165, 2018, pp.1-10

https://doi.org/10.1155/2018/2580165

④ Kyuengbo Min, Duk Shin, Jongho Lee, Shinji Kakei, Electromyogram refinement using muscle synergy based regulation of uncertain information, Journal of Biomechanics, 査読有, Vol. 72, No. 4, 2018, pp.125-133

https://doi.org/10.1016/j.jbiomech.2018.03.020

⑤ Yasuhiko Nakanishi, Takuhumi Yanagisawa, Duk Shin et. al., Mapping ECoG channel contributions to trajectory and muscle activity prediction in human sensorimotor cortex, Scientific Reports, 査読有, vol.7, e45486, 2017, pp.1-10

https://doi.org/10.1038/srep45486

〔学会発表〕(計 3件)

① Zixun He, Aya Wakabayashi, Rezenko Roman Yurievich, Masayuki Sekiguchi, Yousun Kang, Duk Shin, Development of a Prosthetic Hand Based on Human Anatomy, ICMCR2019,       2019

② 渡辺 雄介, 何 梓遜, 米山 光, 辛 徳, 筋電信号を計測する柔らかいアクティブセンサの開発, 日本知能情報ファジィ学会,  ファジィシステム シンポジウム 講演論文集, Vol.34,  pp.312-313   2018

③ 何 梓遜, 渡辺 雄介, 米山 光, 辛 徳, SSVEPを用いたロボットハンド支援システムの開発, 日本知能情報ファジィ学会,  ファジィシステム シンポジウム 講演論文集, Vol.34,  pp.310-311   2018

19K11428:人腕の骨格モデルに基づいた多自由度電動義手の開発と臨床応用

(概要)

本研究では、事故などで上肢の一部を失われた身体障がい者が物体とのインタラクションなど日常生活における殆どの作業を行うことができ、外観上にも本物の手と同様な多自由度電動義手の開発を目的とする。近年、申請者らはロボットハンドを製作し、筋肉の数式モデルを用いて粘弾性を制御することを提案している。このノウハウを応用し、①人腕の骨格モデルに基づいた電動義手を製作し、②機械学習をほとんど必要としない筋肉の数式モデルを用いて各アクチュエータの粘弾性を制御することで革新的な電動義手の基盤技術の構築を目指す。本研究によって身体障がい者向きの筋電電動義肢やリハビリなど臨床へ応用、そして、海底、宇宙環境で人間のように巧みに操作するロボットハンドへの応用も期待される。

(研究背景)

義肢の歴史は古く、紀元前950〜710年に製作された足の義指が世界最古の義肢である。中世時代でも鉄腕ゲッツの異名を持つゲッツ・ベルリヒンゲンの鋼鉄の義手が現存している。近代から現在までは二回の世界大戦と様々な戦争により手足を失う傷痍軍人が急増し、本物の肉体に近い外観再現を重視するエピテーゼ義肢の製作が発達されてきた。しかし、数千年の間、外装の材料を銅鉄からゴムやシリコンを用いることだけで、四肢切断者に重要な機能的な面では殆ど発展がなかった。

Sauerbruch’s prosthetic hand design in the early 20th century

一方、50年前から市販された電動義手も表面筋電位の閾値を用いたオン・オフ制御が多く、5本指を制御できる多自由度義手やロボットの研究は常用化されていない。その理由は機能的な面を重視する電動義手は人間の骨格系と異なるリンク構造を持っているのでシリコン皮膚を被せるだけでは皮膚の歪みが生じてしまい、患者が装着することを好まないからである。最近、3Dプリンターの普及により、子供用の電動義手が安く製作することが可能になった。しかし、成人が使うにはトルクが足りないことや外観上の問題が解決できない。そこで、我々は人間の骨格系に基づいて作られた骨ロボットなら拳を握っても骨の形状により皮膚の歪みがなくなり自然な動作が可能になると考えた。

皮膚の歪みや突起物があり、見栄えが悪い

予備実験のため日本人の標準骨格を用いて3倍大きいサイズを持つ指ロボットの製作を行った。その結果、トルクの伝達機構を指骨の関節に導入すれば日常生活に十分な力を発揮できる電動義手の製作が可能である事が分かった。現在は研究協力者と共にトルク伝達機構の設計や柔らかい表面筋電センサの製作など基礎研究を行っている。